宮脇靖典

経営学は
アートとサイエンスの
融合だ

Specialist Interview

岡山理科大学 経営学部経営学科 教授
宮脇 靖典(みやわき やすのり)

今回のSpecialist Interview は岡山理科大学経営学部経営学科教授の宮脇靖典先生です。長年にわたり、株式会社電通で、事業開発や商品開発など様々な事業に携わってきた宮脇先生に、2020年6月16日(火)、岡山理科大学にてお話をいただきました。

株式会社電通に30年余り勤務されていますが、電通は日本の最新の情報を常に追っている企業かと思います。この30年間、先生の目から社会はどのように見えていたでしょうか。

 この30年をどのように区切るかですが、ここでは平成のほぼ30年に重ねてお話をします。この間の大半を、電通ではマーケティング・プロモーション部門で過ごしました。その部門にいた立場から見て、日本のみならず世界を大きく変えたのは、インターネット及び、情報端末の普及と進化であると思います。それまでのマスメディアの全盛期は、企業と消費者の間に圧倒的な情報格差がありました。企業はそのために、どちらかというと、一部の消費者の先進的な動き、俗にいうトレンドをウォッチすることに力を入れていました。
 その後の情報技術の発達により、情報格差の縮小、逆転がみられるようになりました。例えば化粧品メーカーがアットコスメでの評判を気にしたり、他の企業も S N S での炎上を恐れたりするというようなことが起こっています。インターネットが普及する前は、企業はどちらかというとマスメディア対策を重視していましたが、現在では、インターネットでの評判を気にしています。これを反映して、クライアントからはビッグデータやデータアナリシスに関する相談が増えてきています。今までは、一部の消費者の先進的な動き、いわゆるトレンドを追うことに重きを置いていたのが、近年では消費者全体の潮流を追うようになってきています。このようなところにマーケティングの目から見た社会の変化を感じます。

また、電通のように最新の情報を常に追っている企業では、変化に敏感でいることが求められるのではないかと思うのですが、そうした、世の中の変化を捉えるためにはどのような目が必要なのでしょうか。

 能の原型を完成させた世阿弥という人がいますが、彼はいろいろな語録を残しています。例えば「初心忘るべからず」というのも世阿弥の言葉だったりします。彼の著書『風姿花伝』は、演劇論や芸術論として捉えられるのですが、一方で彼は、観世座という劇団のオーナーだったので、彼の言葉を劇団経営者の語録として捉えることができると思います。彼の言葉の中で、私が経営者らしい言葉だなと感じているのが「離見の見」という言葉です。見所同見とも言いますが、見所とは観客席のことで、舞台から離れて観客席の視点から見ると、見えてくるものがあるということを言ってるんですね。つまり舞台とか、けいこ場でひたすら自分を見ていても、真っただ中にいると見えないということがあります。ところが、観客席から見ると舞台や稽古場では気がつかないところまで見えてくることがあるのですね。
 また、別の言葉に、「うしろ姿を覚えねば、姿の俗なるところをわきまえず」という言葉も残していて、これは、うしろ姿というものを意識しないと、自分の姿が卑しいものになっていることに気づかないという意味です。うしろ姿とは、観客席から見える姿です。前の姿は、鏡などで見ることができるけれども、うしろ姿というのはなかなか自分で見ることができません。このように、変化の真っただ中にいるとその対応に追われて変化そのものは見えなくなってしまう。例えば、多くの企業が変化に対応するために行動を起こすのですが、日本の企業は国民性もあってか、まじめなので、変化に対してもまじめに取り組んでしまうので、視野が狭くなってしまいます。そういう意味で、世の中の変化をとらえるためには、変化の真っただ中から距離を置いてみるということが大事なのではないかと思っています。私は、後輩たちに、「広告会社の人間は、仕事に対して非まじめであれ」と言っていました。その非まじめというのは、いい加減という意味ではなく、まじめになっていて見えなくなっているものを見るために、一緒にまじめにやっていてはいけないんですよということです。非まじめは、社会の変化を見る目としては、非常に大切だと思います。コロナ禍で再び表面化した日本社会の同調圧力は、変化の対応に対して視野が狭くなることに他ならず危険だなと思いますね。

経営学やマーケティングというアカデミックな場に携わるようになって、こうした世の中の変化に合わせて、マーケティングのあり方というものにも変化はありましたか。

 マーケティングというのは、基本的にビッグデータの登場などにより変わってきていると思いますが、おそらく、昨日も今日も、そして明日も変わらないのは、顧客ファーストという点だと思います。ただ、顧客ファーストという言葉がもつ意味については、変化してきています。これまでマーケティングの世界では、顧客ファーストを企業の目から見てきていたのではないかと思うのですね。マーケティングの役割は大量生産・大量消費をいかに効率的に回していくかという社会的要請から発達し、そのため、企業を主体に考えるのは宿命的であったと思います。しかし、情報格差の縮小あるいは逆転に加え、今回のコロナ禍によって、顧客ファーストに対する見方を変えていかなくてはならないのではないでしょうか。マーケティングの視点から、ウィズコロナのキーワードとして、オンライン化やサブスクリプションが流行る、ローカルバイが見直されるということが言われています。本学の村松潤一教授がおっしゃってることでもあるのですが、これまで企業と消費者の間では、情報格差があった、情報が非対称であったわけです。そのような情報の非対称性が逆転する現象を村松先生は、情報の逆非対称化と呼んでいます。この情報の逆非対称化が進んだことに加えて、コロナ禍が起こったことで、これから顧客ファーストを考えるうえで念頭に置くべきなのは、今まで常識や必要悪だと思っていたことが必ずしも当たり前ではないと消費者が気づいたことだと思います。満員電車で毎日通勤していた、あるいは外国人から見ると異常であると思うようなことを、必要悪として受容してきた、また会議というものはフェイス・トゥ・フェイスでやるものだとこれまで思いこんでいたわけですが、そんな必要悪や常識を気にしなくても、仕事は回っていくものなのだと気づくようになったのです。そういう顧客の変化を踏まえないで、これまでのように企業の目から見た顧客ファーストで世の中を見ていると、消費者と企業の間の乖離がますます大きくなるのではないかと思いますね。
 マーケティングにおける価値共創の重要性を力説しておられる村松先生は、このようなことをおっしゃっています。価値を創造するのは、顧客である。企業は顧客の価値創造を支援する提案をする存在だとおっしゃっているんですね。価値創造の主役は誰なのかというところから顧客ファーストを根本から考え直す必要があるのではないかと私も思いますね。

宮脇先生は電通で、特に商品開発や、事業開発に携わっていたとのことですが、今になってこうした事業にあたって、経営学、マーケティング的な視点の重要性をどのようなところで感じられたでしょうか。

 開発という言葉を聞くと、何か新しいものをゼロから創るというイメージがあるかもしれませんが、実は、新商品や新事業は、すでに世の中にあるものの掛け算というか組合せでできているものが非常に多いんですよ。例えば、スマホなんていうのは、携帯電話と P C の組合せですよね。また、Air bnbのような民泊は、レンタル事業と自宅のかけ合わせです。こうした例では、全くゼロから新しいものを生み出したわけでなく、全く関係のない既存のものに新たな関係を見出して、掛け算をして新しいものを生み出しています。こうしたことが、商品開発、事業開発の肝の部分かなと思います。これは最近言われ始めたことではなく、シュンペーターという経済学者が、1912年の著書「経済発展の理論」の中で、新結合という概念を出しています。従来なかったものを生み出すのではなく、従来あるもの同士の新たな結合で従来にない価値を生むというものです。新結合にかぎらず、商品開発や事業開発について、すでに理論化されているような話は存在しているわけです。ほかにも、経営組織や人的資源管理など、マーケティング以外の経営学の他の分野でも同様に、様々な問題を先人たちが解き明かしているので、温故知新ではないですが、そうしたことから学ぶことは多いのではないかと思います。実務の立場にいたときに何となく肌で感じていたことについて、この理論はそのことを説明するものだったんだと今になって思うことが多いですね。

最後に学生にメッセージをお願いします。

 電通の中興の祖と呼ばれる4代目吉田社長は、テレビの民間放送の設立に大きく尽力した人なのですが、その人もいろいろな語録を残しています。広告とは何かについて「アートとサイエンスの融合である」という言葉を残しています。私は、経営学もアートとサイエンスの融合ではないかなと思います。確かに先ほどから話題に上っているビッグデータやデータアナリシスという要素は、行動計量分析や統計学などサイエンスの知見を活用する分野だと思います。一方、先ほどお話しした価値創造をめぐる議論ではクリエイティブやデザインの概念が扱われるのです。このような議論は、もはやアートの次元ですよね。経営学には、サイエンスとアート、両方の側面があって、広告と同じく経営学は、アートとサイエンスの融合であるといえるのではないでしょうか。本学の経営学部経営学科では、マーケティングやデータサイエンスを柱にしていることからも、経営学がアートとサイエンスの融合であることを意識したカリキュラムを組んでいると思います。アートとしての醍醐味、サイエンスとしての醍醐味をあわせもつ経営学の奥深さを、ぜひ学生のみなさんに味わってもらいたいと思います。

お忙しいなか、ありがとうございました。


宮脇 靖典(みやわき・やすのり) 岡山理科大学 経営学部経営学科 教授

東京大学法学部を卒業後、株式会社電通に入社。本社マーケティング・プロモーション局や、関西支社ビジネス・ディベロップメント・センター等で、広告企画、商品開発、事業開発を中心に携わる。
2019年10月現職に就任。
2019年経営学修士(東京都立大学)取得。
著書『ワークショップ: 偶然をデザインする技術』(共著、宣伝会議)、『動かない人も動く心・技・体のレディネスデザイン』(みくに出版)

※ 所属、役職等は、取材当時のものです。

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